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『幸せが生まれ、鮮やかな色合いで輝く』ことを希う場所

形は異なれど全て『愛』 (君を愛したひとりの僕へ / 僕が愛したすべての君へ 感想みたいなの)

『君を愛したひとりの僕へ』/『僕が愛したすべての君へ』を続けて観てきました。
感想書く気なんて全くなかったんですが、めっちゃくちゃ良かったので、簡単でも感想書きたいと思ったため、これを書いています。

公式からは「どちらから観ても大丈夫」というような触れ込みがありましたが、個人的には君を愛したひとりの僕へ ⇒ 僕が愛したすべての君への順番が絶対だと思います。

理由としては『君を愛したひとりの僕へ』が実質的には暦の過去編となるためです。両作品が相補完するような作りになっているため、「どちらから観ても大丈夫」は間違いではありません。間違いではないのですが、シナリオの流れとしては先に挙げた順序の方が綺麗かつ分かりやすいと思います。なので絶対と珍しい強めの言葉使っています。逆で観てしまって「これどう考えても観る順番決まってただろ……」と愚痴ってる並行世界の自分が私には見えます。

 

ということで感想ではないけど書いていきます。以降ネタバレしか無し。

 

 

 

両方とも異なる形ではありますが、まさに『愛』でした。
『君を愛したひとりの僕へ』は暦の狂気に満ちているとも言える栞への愛。

『僕が愛したすべての君へ』は和音の暦の幸せのために自らを切り捨てる愛。

この2作品を通すことで愛と呼ばれるものがどういう性質を持っているかが見えて来そうです。暦と和音、それぞれの愛の形は先に書いたようにだいぶ異なっているものではありますが、想い人の幸せを願っているという点では共通しています。

暦については「栞と暦が出会わないことが栞の幸せ」のためにタイムシフトをしかけるというだいぶ歪んだものとなりますが、結果的に出会わないことで栞は幸せに年を重ね、死ぬまでには言ってみたかった台詞を言うことが出来たので、過程はどうあれ結果的には素晴らしい愛の奇跡が起きました。

和音は唯一『君を愛したひとりの僕へ』から『僕が愛したすべての君へ』へと跨ぐ形で『自身を犠牲する形になっても想い人である暦の幸福を願い続ける』という愛を示しました。並行世界の自分から「実はお前の世界にいる暦は、こっちの世界の栞という女を幸せにするためにタイムシフトした結果、生まれた存在なんだ」と言われて、並行世界の見たこともない自分の知らない暦のために栞と会わせるために行動するとか、もう愛以外の何物でもない。愛について正否のような形で価値を付けるのは野暮が過ぎる話ですが、オタクとしての自分が「和音がいい女過ぎる」と言って聞かないため、後者の方が愛としては好みという形になりました。

『僕が愛したすべての君へ』で暦のIPカプセルを栞が開けた際に何も語らずに走り去った辺り、栞は約束を交わした際の姿が幽霊であっても、しっかり約束は覚えていて、終盤の暦と栞の出会いも栞からすれば当然のものであり、ずっと待ち焦がれていたもの。けれど暦は出会わないことを願っているため、決して自身が栞であると明かさなかったというのもちゃんと愛です。

全員がそれぞれの愛を貫いた物語。素晴らしかったです。

 

2作品合計で3h以上ということもあるので、他のアニメ映画と比べるとちょっと尺的な意味でずるいなという感じはありますが、過去観た作品の中でもトップレベルに良かったです。映画館で観るのはもう一回は多分厳しいので、配信始まった際に改めて観るのを楽しみにしています。