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あり得そうであり得ない、そしてやっぱりあり得なかった青春(アオナツライン感想)

 久々にえろげの予約(DL版だけど)をしてまで購入したアオナツラインをプレイし終えました。もうちょい終わるのに時間かかると思ってたんですが、ボリューム的なものも含めてなのか、内容のよさによるものなのか3日で終わりました。結論から言うと、もう間違いなく青春ものえろげの歴史に残る名作という感じでした。

 最初体験版をプレイしたのはこの記事からするとだいたい一年前っぽいですね。
先の記事内にある『あり得そうであり得るわけがない、そんな青春を描いた作品』というものがまんま出てきた感じです。具体的に言うと

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この三枚の画像に書かれているものが全部という感じです。
特別な非日常的な何かが起こることなく、ただ普通の学園生活が描かれていくだけという作品も思い返してみるとしばらくプレイしていなかった気もします。恋愛というものについても物語の中で副次的に生まれるものであって、ここまでメインで扱っているものをしばらくプレイしていなかった気もします。久しぶりにプレイするとやっぱキュンキュン通り越してギュインギュイン来ますね。この作品がたぶんここら辺、恋愛やら青春ぽい描写やらといったものがべらぼうに上手かったからという感じもしますが。

 この作品がやっていることって、元も子もないことを言ってしまえば、夏休みにやる青春恋愛もの邦画だとか少女漫画をえろげにしただけというものだと思うんですよね。ただ、映画では難しい文字によるキャラの詳細な内心の描写であったり、一つの舞台を様々な視点(ヒロインのルート)で描くことができるノベルゲー的強さ。漫画では得られないその場面に最適化されたBGMや画面遷移等の演出。みたいなえろげの持つ媒体の強さみたいなものも感じられた気がします。
プレイしていて、何度も遠く過ぎ去った自身の過去の記憶がぶり返したりして「あ゛ー」となったりしました。これもきっとそれだけ『あり得て欲しかった青春」が物語の中で理想通りの形で描かれていたからなのかなと思います。あり得無さそうでやっぱりあり得なかった。だからこそ、こんなに登場人物の青春描写が眩しく、ある種美しく見えるという考え方もできるかもしれないですね。作中でも何度か出ていたように過去に無駄な時間なんて無く、線のように繋がって今があるのですし。

 

何をどういい感じに書いても非リアの遠吠えのようなものにしかならないのがちょっと辛くはありますね。青春という言葉に紐づけられているものが、すべて自身の体験ではなく、物語であるという気づきは人に何を与えるのだろうか。これを今後私は知っていくのでしょう。